HYPOTHESIS OF COACHING

\ コーチングの仮説 /

アスリートが発言しやすいライフスキルプログラムの開発

公益財団法人日本バスケットボール協会
女子アンダーカテゴリー
日本代表ヘッドコーチ

薮内夏美

コーチと選手間のジレンマは、日本代表クラスでも起こりうる。

私は2008年から2020年度までの12年間、女子バスケットボールチームのコーチングスタッフとして、また2021年には東京オリンピック女子日本代表バスケットボールチームのアシスタントコーチとして、そして現在は16歳から19歳までの女子アンダーカテゴリーのヘッドコーチとして直接選手と関わりながらパフォーマンス向上を目指してきました。私が一番感じていたことは選手個々人のコミュニケーションの在り方です。選手はそれぞれ1対1のときは自らの考えを述べてくれるのですが、チームのなかでは、なかなか自分の意見を発言することをしません。何か意見があってもチームキャプテンにすべてを任せるという集団心理が働くのです。東海林先生に、こうした課題を共有したときに、この集団心理というのは「叱られたりすぐに否定されるくらいなら黙っておいたほうがまし」という選手間やコーチと選手間のジレンマですねと教えてもらいました。それは、自チームだけでなく、日本代表のトップレベルのチームでも見られ、それらは育成年代からの課題としてあるのではないかと考えています。ヒエラルキーの行使があるコーチ主導のコーチングでは選手は自分の意見を出さないのです。こうした課題を解決したいと思い、ライフスキルプログラムをつくりました。

次にご紹介するライフスキルプログラムの取り組みは、私が一般社団法人バスケットボール女子日本リーグ所属Hチームの女子バスケットボール部の監督だったときの取り組みです。選手の当事者意識を高めることを目的に、チーム内のポジションや年齢、先発メンバー、控えメンバーなどの役職にとらわれることなく発言する機会を作り、コミュニケーションスキルを高めるプログラムを考えました。プログラム内容については、まず選手を次の3つのグループに分けました。

1) Offense グループ:シーズンを通して自他チームのOffenseに対して研究し戦略を練る。

2) Defense グループ:シーズンを通して自他チームのDefenseに対して研究し戦略を練る。

3) Mood グループ:シーズンを通してチームのMoodをどう盛り上げるか研究し戦略を練る。

各グループは練習前に現状のチームにおける上記の3点での課題を出し合い、チームの練習スタート前に発表し、練習終了後に全体にフィードバックをすることとしました。ここではライフスキルの獲得レベルの調査も同時進行で実施しました。島本ら(2013)のアスリートに求められる『目標設定』から『感謝する心』までの10下位尺度40項目を測りました。その結果、『最善の努力』と『考える力』に効果があることがわかりました(薮内夏美・東海林祐子○○日本スポーツ経営学会発表)。

わずか数ヶ月で生まれた、変化の兆し。

選手のコミュニケーションスキル獲得は時間を要しましたが、確実に変化が見られました。このプログラムを導入したばかりの「選手は何からはじめたらいいのかわからない」という「戸惑い」の意見が多く聞こえてきましたが、その後1ヶ月を経過したあたりから選手の発表の声が大きくなってきました。いい間違えなどもきちんと訂正できる状態になってきました。この段階では「わりきり」がでてきたのを感じました。さらにその1ヶ月後には、グループ毎の目標や課題が明確になってきました。さらに練習中にも班を越えて相互に意見交換ができる状態にまでなってきました。明らかにチームのために何か考えて意見を出し合うという「思考」がついてきているのが感じられました。プログラムをスタートして4ヵ月経過したくらいから、「試合中にミスが続いたらベンチを見て!絶対に声をかけ続けるから」とコート内の選手とベンチの選手との一体感が出るような相互関係が見られてきました。心理面だけでなく、技術や戦術面でもディフェンス失点の減少が見られました。チームの選手間のコミュニケーション向上によりディフェンスの強化につながったことがわかりました。

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